Bridge over troubled Techs.

オープンストリーム CTO 寺田英雄のブログ

仏像の歴史と、システム開発の歴史

(以下の話は、ラジオかなにかで聞きかじった話で、私も歴史学や考古学の専門家ではないので、細部には誤りもあるかと思うので、その点ご注意ください)

 

日本の仏像製作は、仏教伝来した6世紀の飛鳥時代から始まり、鎌倉時代運慶/快慶で有名な慶派が登場したときに、完成度や芸術性などがピークに達したとされている。

写真:東大寺の阿形像(運慶・快慶作)

 

この時代の仏師は、一人で仏像の全身を彫り上げることができる力量をもっており、深い精神性や芸術性を感じさせる仏像を製作することができた。仏師は今で言う芸術家=アーティストに近い存在だったのだ。

 

その後、室町時代以降は、いろいろな理由から仏像製作のレベルは低下していき、徐々に仏師も『職業仏師』化していった。すなわち、仏像製作の分業化が進み、頭部だけ作る仏師やら、胴体だけを作る仏師やらに別れ、仏像の全身を彫り上げることのできる仏師は激減したらしい。その後現代にいたるまで、作品のレベルは鎌倉時代を超えることはできなくなった。

 

・・・この話を聞いて思ったのは、『これってソフト開発・システム開発の歴史に似ているな』ということである。

 

ITという言葉も産業としても存在しなかった初期の時代、コンピュータに取り組んでソフトを作るとなれば、一人で何でもやるのが普通だった。情報も少なかったが、ハードもソフトも何でも知り尽くしてやろう、という情熱のある人ばかりだった。そこに未来と可能性を感じた一部の人が、熱狂的に取組むのがコンピュータ・ソフト開発だったのだ。

 

現在のソフト開発は大規模化・複雑化していて、細かく分業して実施するのが普通になった。初期のころほどの熱気や、全体を深く見通してやろう、という人は相対的に少なくなった。これはコンピュータに限らず、どんな分野でも産業化にともなって必ず起きることで(例:ロック)、しょうがないのだけど、ちょっと寂しさを感じるのも事実。

 

・・・だからどうだというわけではないのですが、仏像の話でふと浮かんだので書き留めてみました。